八王子周辺エリア/遺跡庭園「縄文の村」(前編)

遺跡庭園「縄文の村」(前編)
小田急多摩センター駅〜縄文の村〜復元住居A棟
東京都埋蔵文化財センター/屋外展示
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八王子市内には縄文時代の遺跡を保存している公園が2園あります。椚田町の椚田遺跡公園は、縄文時代の村の遺跡を発掘後に埋め戻し、住居跡をプラスチックで型取りして再現してあります。遺跡と全く同じ場所に設置したそう。柱の跡、炉の跡、敷石の跡、縄文人たちの息吹が感じられる展示です。中野山王の中田遺跡公園は、古墳時代後期の竪穴住居を復元して展示。敷地内のほかの住居跡は埋め戻して、柱の跡を置き石で示してありました。

今回訪ねたのは、多摩市にある「東京都埋蔵文化財センター」。隣駅の「京王堀之内」は八王子市ですから、すぐお隣りさんの距離ですね。最寄り駅は京王相模原線「京王多摩センター」、小田急多摩線「多摩センター」、多摩都市モノレール「多摩センター」の3駅です。

小田急「多摩センター駅」から徒歩5分

今回は小田急線「多摩センター駅」から歩いていきました。ちょっと小さめの東口改札を出ます。
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突き当たりを右に曲がれば、すぐ外に出られます。
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歩道橋手前左側の階段を降りて、あとはまっすぐ歩いていくだけの簡単ルート。
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途中、信号を1回渡ります。
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大きな施設名看板が立っているのが東京都埋蔵文化財センターです。駅から徒歩5分。近いです♪
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さて、館内に入ろうと思ったら、あらら!門が閉鎖されていました。外壁その他の改修工事のため、1階出入口が通行止めでした。2階展示ホールと縄文の村へは南側外階段に回ってくださいとのこと。
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門扉の横に飾られていた縄文土器の大きなモニュメント。椚田遺跡公園のものとよく似ています。モデルになった土器があるんでしょうね。
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施設を通り過ぎたすぐ先に外階段がありました。
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階段を上がって左側には2階展示ホール。
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右側は屋外展示の遺跡庭園「縄文の村」です。
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遺跡庭園「縄文の村」

稲城・多摩・八王子・町田の4市にまたがる東西14km、南北2〜4Km、総面積3,000haという広大な面積を有する多摩ニュータウン地域。その丘陵内に約1,000か所の遺跡が点在しています。遺跡庭園「縄文の村」は、昭和62年(1987年)、多摩ニュータウンNo.57遺跡を保存する目的で整備されました。
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遺跡は縄文時代前期前半と中期後半の集落跡で、昭和45年(1970年)に行われた発掘調査によって、縄文時代前期前半の竪穴住居跡2軒、中期後半の竪穴住居跡が8軒確認されました。この中には中期末のいわゆる敷石住居が3軒含まれていました。南側の半分については現状のまま盛り土をして保存されています。また、縄文時代早期の落とし穴も検出されています。(クリックで拡大)
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竪穴住居は、A棟、B棟、C棟の3軒が復元され、ほかに2棟の住居跡が展示されています。(クリックで拡大)
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車イスでも見学できるよう、主要な園路ですべての復元住居を見てまわることができます。(クリックで拡大)
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竪穴復元住居 A棟

復元住居A棟は縄文時代中期終末の敷石住居で、床面積は7m2と少し小さめです。今から4,500年前ころ、関東地方を中心に、住居の床に平らな石を敷きつめる敷石住居が広く流行しました。多摩ニュータウン地域でも敷石住居跡の発見例が多く、このNo.57遺跡からも3軒発見されています。この復元住居の敷石は、八王子市堀之内のNo.796遺跡で発見された敷石を移築したものです。(クリックで拡大)
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入口の敷石のようす。
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住居の内部にも石が敷きつめられています。住居の床に堅い石を敷き詰めた理由はよく分かっていません。1軒分で数100kg以上にもなることもあり、これほどたくさんの石を運んで並べる労力は大変だったでしょう。石に炉の熱が伝わり保温効果があったという説もあります。床暖房かしらね?丸太のイスが並んでいるのは、火焚きの時に座るためのもの。
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囲炉裏から上がる煤煙で天井が煤けています。縄文の村では防虫・防腐を兼ねて3棟の住居で日替わりで火焚きが行われており、時間は10時〜午後4時半まで(11月〜2月は午後4時まで)。実際に使われていた時の姿を彷彿とさせます。
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当たり前ですが、竪穴住居には窓がなく照明もありません。唯一の出入り口を室内から撮るとこんな感じ。真っ暗け。
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地面を掘って家を建てる竪穴住居の建て方では、当然深さに比例した排土が出ます。この排土は住居の周りを堤状に巡らす土盛り=周堤(しゅうてい)の材料として活用されていました。周堤には、流入する雨水を遮断する働きとともに、家周囲の嵩上げによって建材を節約できる利点があり、室内は天井を高くすることができました。
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見学するにはあまりに暗いと考えられたのか、入口横にLED懐中電灯が置かれていました。
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後編では、復元住居C棟の火焚き〜復元住居B棟〜竪穴住居の模型〜湧水を見学します。

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縄文時代は、約1万5,000年前から約2,300年前までの約1万3,000年近く続いた時代です。縄文時代は草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6期に分けられますが、その1区分でさえ、今年で2019年の西暦を凌駕するのですから、途方もない長い時間なんですね。この間、日本の人口は、縄文早期は2万人、縄文中期に26万1千人まで増加した後、急激に落ち込み、後期は16万人、晩期には7万6千人まで減少したと考えられています。

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取材協力:東京都埋蔵文化財調査センター

遺跡庭園「縄文の村」(2話)
前編:小田急多摩センター駅〜縄文の村〜復元住居A棟(当記事)
後編:復元住居C棟の火焚き〜復元住居B棟〜竪穴住居の模型〜湧水

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by u-t-r | 2019-01-22 16:00 | 八王子周辺エリア

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「直接ご本人に会ってお話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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