八王子見て歩記/海外友好交流都市

八王子の海外友好交流都市
中国・泰安市、台湾・高雄市、韓国・始興市、ドイツ・ヴリーツェン市
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八王子市役所1階の産業展示室に、色々なプレートが飾られた展示がありました。タイトルには「八王子の姉妹都市・友好交流都市」とあります。これは、平成18年(2006年)の市制施行90周年を機に、幅広い市民交流が実現できるよう、中国・泰安(たいあん)市、台湾・高雄(たかお)市、韓国・始興(しふん)市の3都市との間で友好交流協定を締結したことによるものです。さらに平成29年(2017年)には、市制100周年の記念事業の一環として、新たにドイツ・ヴリーツェン市と友好交流協定を締結しました。全部で4か国4都市ですね。それぞれの都市はどんな場所なのでしょう。名産品は?

中国・泰安(たいあん)市

人口:556.8万人
面積:7,762平方キロメートル

八王子市と泰安市は平成18年(2006年)9月23日に泰安市で協定を締結し、マラソンや卓球によるスポーツ交流や絵や音楽による文化交流等様々な分野で市民交流が活発に行われています。泰安市が位置するのは、北京から南へ新幹線で約2時間(480キロメートル)、上海から北へ約3時間30分(853キロメートル)、青島から西へ約2時間(336キロメートル)。名物は、北京の人民大会堂や天安門広場で使われている泰山石、栗、赤鱗魚、高級漢方薬です。

観光名所としては、世界遺産に指定されている泰山と岱廟(たいびょう)があります。泰山は高さ1,545mの山で、中国五大名山「五岳」の一つ。ユネスコの世界遺産(複合遺産)に登録されています。岱廟は泰山を祭る廟で、 現在は泰安博物館となっています。名前の由来は泰山の別名を岱山と言ったところから。また、歴代の皇帝が泰山を訪問した折に立ち寄る行宮としても使われました。 岱廟の内部には、北宋時代の壁画が残されていて、岱廟の壮大な有様は中国三大建築(他に、孔廟、紫禁城)の一つに数えられます。(クリックで拡大)
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台湾・高雄(たかお)市

人口:277万人
面積:2,946平方キロメートル

字は違えども、八王子市とはタカオ(高雄市・高尾山)繋がりです。もうひとつ似ているのは、市内に23校もの大学・専門学校があるところ。21の大学・短期大学・高専がある八王子とよく似ていますね。八王子市と高雄市は平成18年(2006年)11月1日に台湾・高雄市で協定を締結し、交流をスタートしました。現在、八王子まつりや高雄ランタンフェスティバルでのパフォーマンスは皆さんご存知だと思います。高雄市が位置するのは、台湾の南部で、台北より南西へ約360キロメートル。総人口から見れば、台湾第3の都市で、工業団地や重化学工業のコンビナートが集積する台湾随一の工業都市でもあります。年間気温25.8度の温暖で過ごしやすそうな街です。

観光名所としては、高雄港、愛河(アイホー)、蓮池潭(レンツータン)、西子湾(シーツーワン)、寿山(ソーサン)、仏光山(フォークヮンサン)、美濃(メーノン)など。夜市の屋台料理も有名だとか。高雄市のホームページ(日本語)によれば、100元札2枚(約726円)でお腹いっぱい食べて、バスに乗ってホテルまで帰れるそうですよ。写真は、六合二路の夜市(2002年)。漢字の看板が微妙に読めるのが楽しい。(クリックで拡大)
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韓国・始興(しふん)市

人口:42万人
面積:133平方キロメートル

泰安市や高雄市は八王子市の何倍もある大きな都市。その点、始興(しふん)市は、八王子市の人口約58万人・面積約186万平方キロメートルとよく似た規模の都市です。八王子市と始興市は平成18年(2006年)11月7日に八王子市で協定を締結し、サッカーやマラソンによるスポーツ交流や小学生による文化交流等様々な分野での市民交流が活発に行われています。始興市は首都ソウルの都心部から30キロメートル 、42万人の市民が美しく豊かな自然と文化を享受しながら暮らし、西海岸には東洋で最大規模を誇る防潮堤があります。歴史と伝統、先端技術産業が調和した自然豊かな都市という一面も持ち、西海岸の中核都市を目指す発展、成長の著しい都市です。

名物は鶏肉の水炊き、貝の網焼き、海鮮うどん。名産品には、始興ブドウ、始興セリ、全て王宮に持参したとされる「海土米」。観光名所としては、蘇莱(ソレ)山、玉鉤(オク)公園、海溝(ゲッゴル)生態公園、蓮の花テーマパークがあるそうです。写真は烏耳島赤灯台。(クリックで拡大)
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ドイツ・ヴリーツェン市

人口:7千人
面積:94.54平方キロメートル

八王子の約半分の面積に約82分の1の人が住むヴリーツェン市は、ベルリンから北東へ約70km、空港から60km、ベルリン中央駅から凡そ1時間半、古オーデル川沿いOderbruchオーデル湿地の西の端にあります。八王子市とヴリーツェン市は、市制100周年の節目を迎えるにあたり、平成29年(2017年)7月10日にヴリーツェン市で友好交流協定を締結しました。観光名所としては、マリエン教会、オーダー川流域があります。(クリックで拡大)
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ヴリーツェン市と八王子市を結ぶご縁の礎には、ある日本人ドクターの命がけの活躍があります。その医師の名は肥沼 信次(こえぬま のぶつぐ)医学博士。明治41年(1908年)、外科医であった父・梅三郎と母・ハツの間に八王子市中町で生まれた肥沼博士は、日本医科大学を卒業後、旧制府立二中(現都立立川高校)に進学。東京帝国大学放射線医学教室に入局。1937年(昭和12年)にドイツに渡り、フリードリヒ・ヴィルヘルム大学(通称:ベルリン大学、現在のフンボルト大学)放射線医学研究所に入所しました。

第二次世界大戦終戦直後の1945年(昭和20年)9月、当時発疹チフスの蔓延していたヴリーツェン市の伝染病医療センターに唯一の医師として着任し、半年間にわたる献身的な治療により、多くのドイツ人の命を救いました。しかし、昼夜を問わない激務の末、自身も発疹チフスを発症し、1946年(昭和21年)3月8日、37歳の若さでこの世を去ったのです。死の直前、看護婦に「桜が見たい」と言い残しました。兄の最後の言葉を聞いた弟・英治氏は、市に桜の苗木100本を贈りました。市議会は、その桜が植えられた通りを「肥沼通り」と名付けることを決議しました。

戦後長い間、肥沼博士は消息が不明でした。消息を問い合わせた家族のもとに赤十字から死亡通知が届いたのは、昭和35年(1960年)になってから。彼の命日の3月8日には、今でも市長をはじめ市民が彼の墓に集まり、花輪を供えて哀悼を捧げているそうです。(クリックで拡大)
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都市と都市の提携には、一般に「姉妹都市」という呼び方を使います。これは元々アメリカで「 Sister city」と呼ばれたことからはじまったものでしょう。ところが、同じ漢字圏の中国の都市に「姉妹」を使うと、どっちが姉でどっちが妹かの上下関係の問題が生じてしまいます。そこで最近では「友好都市」、「友好交流都市」などという名称が見受けられるようになりました。ちなみに英国では「 Twin City(双子都市)」、ドイツでは「 Partnerstadt(パートナー都市)」と呼ばれることが多いいそうです。

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中国・泰安市ホームページ(英語)
台湾・高雄市ホームページ・高雄市政府全球資訊網(中国語)/ 高雄トラベルネット(日本語)
韓国・始興ホームページ(日本語)
ドイツ・ヴリーツェン市ホームページ(ドイツ語)

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by u-t-r | 2018-10-30 16:00 | 八王子見て歩記

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「直接ご本人に会ってお話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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