八王子見て歩記/御霊神社

アオバズクの森の鎮守さま
御霊神社/館町

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北野街道を走っていると、館町のあたりに木立に囲まれた美しい神社があります。その神社の名は「御霊神社」。いったいどんな由緒の神社なのでしょう。そして、館町という地名との関係は。いつも気になっていたので、今回訪れてみることにしました。

明神橋を渡って

都道47号線(八王子町田線)の館町の交差点を右折すると、湯殿川沿いに都道173号線(北野街道)を走ります。ここから御霊神社へは約500m。前方右側に赤い橋が見えてきました。湯殿川の対岸、御霊神社へ渡る明神橋です。カラオケ喫茶デンファレさんの紫色の建物が目印です。
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一見、車でそのまま行けそうでしょ?ところが、橋を渡った先は住宅街の狭い道路で、御霊神社へ曲がる十字路は軽乗用車でも通れないのです。
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参道

境内へ通じる参道は、家と家の間を走る細い道。幅員2mほどで歩行者専用です。突き当たりに鎮守の森と鳥居が見えます。
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御霊神社に着きました。鎮守の森の中を参道が続きます。
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参道はそのまま境内へと続きます。遠く向こうに拝殿が見えてきました。
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神楽殿

境内に入ってすぐ右に神楽殿。神社御本殿を新築した時に立て直しの話も出たようですが、氏子の皆様のたっての思いから曳家で残したそうです。祭礼の時には紅白幕が掛けられ、催し物があるそうです。
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社務所

神楽殿のお隣が社務所です。こちらは新築のよう。
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御神木舎

大きな切り株が安置されているのは御神木舎。説明によると、「樹齢200年余である。社務所西部に当る場所に生育していたために伐採、記念として祀る。(2002年8月)」とありました。
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テーブルにできちゃうほどの大きさです。さぞ立派な御神木だったのでしょうね。
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御神木舎のすぐ右におみくじ結び処。御神木の霊験あらたかで効きそうな気がいたします。
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拝殿と御本殿

拝殿を正面から撮りました。入母屋造り屋根、平入り、唐破風向拝の端正なお顔立ちで、石柵の前に石灯籠が1対。中に石灯籠1対と狛犬が1対。神社建築の美しさって、シンメトリー(左右対称)の美しさなのかもしれません。(クリックで拡大)
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拝殿の裏手にあるのが御本殿。ご神体がおわす場所です。今まで色々な神社に参拝してきましたが、そのほとんどは板張りでした。御霊神社の御本殿は拝殿と同じ白壁の権現造りの豪華な建物。非常に珍しいです。(クリックで拡大)
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御霊神社の由緒

境内にあった新築記念碑によると、御祭神は醍醐天皇の子孫である鎌倉権五郎景政だそうです。この付近に館を構えたところから、館村という地名が付けられ、今の館町の名に引き継がれています。(クリックで拡大)

新 築 記 念 碑
鎮座地 東京都八王子市館町一、二七一番地一
祭 神 鎌倉権五郎景政
 祭神の景政は、後醍醐天皇の子孫で貴族武士である。前九年の役、康平五年(一、〇六二)に陸奥守であった源頼義とその子義家に従い一六才で出陣し、奥州の阿部貞任を討伐。その後、義家の命令により景政はこの附近に館(やかた)を構える。
 後三年の役、応徳三年(一、〇八六)に再び義家に従い出羽の清原家衡を当別の途中、景政はこの館に立ち寄るが、晩秋のひととき、くつわ虫の鳴き声に聞き入る一瞬に流れ矢が右眼に当たる。剛勇の景政はそれにひるまず敵を寺田山に斬り散らして倒れる。その時寛治元年(一、〇八七)享年四二才の時と伝えられる。
由 緒
 創建は天正時代である。もと御霊谷戸に祭られ「御霊大明神」といわれた社を、八王子城主北条氏照の家臣近藤出羽守助実により移される。
 慶安二年(一、六四九)に神像を彩色、元禄八年(一、六九五)八月二三日社殿を再建。昭和四二年(一、九六七)に拝殿を新築する。
 祭りは、景政が奥州凱旋の時が一一月一五日の寒い頃だったので、村人は篝火を盛んに焚いて歓迎したと言う。この館の祭典は、昔は霜月十五日に行なわれ、篝火を焚く神事があったと伝えられている。今は無く八月に夏祭りが行われている。
社殿・社務所等の新築及び境内整備
 御霊神社境内地の一部、一八四七、六二平方米が湯殿川改修工事のため、平成一一年(一、九九九)七月二三日、東京都に買収され、これを基金に、社殿八二、二四平方米 社務所一二五、八七平方米と手水舎、御神木舎及び鳥居を新築、境内全域にわたり整備改修を行った。玉垣は、当神社を崇敬する氏子の方々の寄付により再建された。
平成一三年 一二月吉日

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由来を記した碑は、駐車場側にもうひとつありました。こちらは旧漢字が入って、ちょっと浪曲風な文体。(クリックで拡大)

碑史
八王子市館町一二七一番地(境内 約一六二〇坪)に鎮座する當御霊神社は祭神に鎌倉権五郎景政を祀る
創立年月は不詳と雖も天正時代一五七三年の建立と伝えられ慶安二年(一六四九年)御神像を彩色し元禄八年(一六九五年八月二十三日)に社殿を再建した
祭神景政は醍醐天皇の子孫に當る貴族武士で前九年の役(康平五年一〇六二年)に源義家(八幡太郎)に従い十六才で出陣し奥州阿部貞任を討伐後三年の役(応徳三年一〇八六年)に再び義家と共に出羽首長清原家衡を討伐に出陣せしが遠征我に利なく心ならずも退く敵は本陣鎌倉をねらい関東平野は激戦の巷と化すが逢阪より駆付けた義家の弟義満の援軍と共に奮戦し敵を追拂いつゝ館村に立寄る
時恰も晩秋我が世と鳴きさけぶ轡虫の声懐しくしばし聞き入るその一瞬流れ矢が右目に當り剛勇景政更に屈せずそのまま敵を寺田山に追い上げ斬り散らし遂に倒れた
諸行は無情にて名将景政四十二才にて人生を閉す時に寛治元年(一〇八七年九月二十九日節句)である伝説に館の住人は右目が小さいとか館には九月の節句無しとか誠に故なることかここにその昔を今に伝える御霊神社を鎮守と仰ぎ我々氏子は武将景政の御遺徳を偲び永遠に崇敬するものであります。
昭和六十一年丙寅八月吉日
御霊神社氏子

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手水舎、絵馬掛、力石

拝殿の前に手水舎がありました。お参りする前に手を清める、口をゆすぐ。正式な作法にならっている方の所作は美しいです。二礼二拍手でしたっけ。いつか覚えておかなくっちゃ。隣にあるのは絵馬掛。願い事を書いた絵馬が何本も掛かっていました。御霊神社は参拝する方が多いようですね。
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石の台座の上に丸い石が3個置いてあると思ってたら、力石でした。昔、この力石で力くらべを競っていたそうですよ。大が210kg、中が130kg、小が70kgあります。私は小でも無理だなぁ。
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神輿殿、清館殿

拝殿の横に、小さいけれど立派な建物がありました。「神輿殿」と書いてあります。しんこうでん?
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と思って、ガラス戸から中をのぞいてみたら。お神輿と大太鼓が鎮座していました。「みこしでん」なのね。毎年8月には例大祭が開催されるそうです。
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神輿殿の奥に、さらに小さい建物が。「清館殿」と書いてありますが、何の建物なのかは分かりませんでした。
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石碑、末社

手水舎の奥に大きな石碑が立っていました。全文が漢字で、何が書いてあるのかさっぱり分かりません。
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碑名からしてこうですもん。「記念碑」しか読み取れませんでした。「戦争記念碑」と書いてあるのかしら。
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「大戦」とか「陸海軍」と刻まれていますしね。戦没者慰霊碑なのかもしれません。
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石碑の隣に墓石のようなものが建っていました。「御霊大明神」「明治十七申年」と刻まれています。御霊神社は、もと御霊谷戸に祀られた御霊大明神といわれた社を、八王子城主北条氏照の家臣近藤出羽守助実により、現在の場所に移された歴史があります。
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力石の隣に建っていた石碑には「再興●●」「文政十年亥年七月吉日」と刻まれていました。文政10年は1827年。元禄8年(1695年)に社殿を再興したことは由緒に書かれていましたが、途中にも手が入っていたのかもしれません。(クリックで拡大)
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木立の中に建てられた末社。神社では途中何回か他の社の神様を合祀することがあります。多分、この末社もそうでしょう。
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社務所の横にも末社がもうひとつ。
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アオバズク

今回の御霊神社は境内に人が多くて撮影が大変でした。特に手水舎裏手の木立の中。皆さん、なぜか上を向いてカメラを構えていらっしゃる。「あ!見えた!」「いる!いる!」なんて声を出しながら。
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「何を撮っていらっしゃるんですか?」とお聞きしたら、アオバズクのヒナたちが巣立ちをしたところだそう。親鳥とヒナ3羽が枝に止まっているそうです。かろうじて2羽だけ写せました。望遠レンズを持ってくればよかった!(クリックで拡大)
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駐車場

御霊神社の駐車場は御本殿の裏手にあります。こちらの方が正門というべきか。
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駐車可能台数は11台ですが、うち数台分は月極ですので、実際は半分くらい。6台前後が停められます。
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先にご説明したように、一見分かりやすい明神橋から御霊神社へ車で入ると、神社へ行く十字路を曲がりきれません。もうひとつ下流の西明神橋を渡ることをお薦めします。
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御霊神社(2話)
アオバズクの森の鎮守さま(当記事)
大きなモミジの木とアオバズクの親鳥

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by u-t-r | 2018-08-28 16:00 | 八王子見て歩記

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「直接ご本人に会ってお話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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