八王子見て歩記/北大谷古墳(後編)

北大谷古墳の発見と発掘調査
北大谷古墳(前編)

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「バイパス大谷」バス停から写真を撮りながら歩いて23分。北大谷古墳に到着しました。畑の中の小高い丘という感じですが、多摩地区では最大級の古墳だそう。畑側はフェンスで仕切られていますが、裏に回れば敷地内に入れます。

北大谷古墳の外周と敷地内

古墳の右側に外周園路がありました。ぐるりと回って入口を探します。
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真新しい説明板がありました。平成28年に建てられたもののようです。(クリックで拡大)

東京都指定旧跡 北大谷古墳(きたおおやこふん)
所在地:八王子市大谷町725
標識:昭和一一年三月
指定:昭和三〇年三月二八日

北大谷古墳は、八王子市域北部を東西に流れる谷地川右岸に立地しています。
この古墳は、古墳時代終末期の七世紀に築造されたもので、直径約三九メートルの円墳と推定されています。全長約一〇メートルにおよぶ古墳の主体部(遺骸を埋葬する場)は、ブロックのように切り出した泥岩を積んだ切石積み横穴式石室で、古墳および石室の規模は、同時期の都内の古墳の中でも最大級のものといえます。また、石室の平面形が、三味線の胴のように丸みをおびていることから、「三味線胴張り石室」や「胴張り形横穴式石室」とよばれています。
明治三二年、木下止(しずか)氏をはじめとした地元有志により発掘されて以来、昭和八年の後藤守一(帝室博物館)、平成四、五年の東京都教育委員会の調査を含め、三度発掘されています。
古墳は、有力者の墓という意味だけでなく、被葬者の地位を示すモニュメントともいえます。北大谷古墳の存在は、当時の有力者が八王子市・日野市域周辺にいた証といえるでしょう。

平成二八年三月 建設
東京都教育委員会
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古墳の南西側のフェンスが一部開かれていて、敷地内に入ることができました。
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古墳の頂上に上ってみましょう。
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墳丘上に謎の石標がありました。道路の境界石標ではなさそうだし、なんだろう。(クリックで拡大)
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明治32年:北大谷古墳の発見

北大谷古墳は今までに3回の発掘調査が行われています。初めて紹介されたのは、明治32年(1899年)2月4日。時事新報によってでした。「土中の一大石室」という見出しで詳しく紹介されました。記事によると、初めて発掘されたのは明治18年頃(1885年頃)。当時古墳のあった場所には「子の権現」が祀られており、50坪ほどの境内の中に古墳があったそうです。その後、この社を他所に移してからは、その形跡もなく、ただ「塚」と呼ばれていました。塚の伝承はさまざまあり、幾度となく発掘を企てた人がいましたが、古老により制止されました。
※時事新報は、福澤諭吉の手により創刊。その後、慶應義塾大学およびその出身者が全面協力して運営していた新聞で、昭和11年(1936年)に廃刊になり「東京日日新聞」(現「毎日新聞」)に合併されました。

明治32年(1899年)2月11日。小宮村の木下亦蔵氏を中心とした数名の有志で発掘を企画し、数人の作業員と発掘をはじめたところ、同日の午後、約7〜8尺(約2.1〜2.4m)掘ったところで、横穴式石室の天井石を発見し、警察署と役場に届けました。それから作業員を増員してさらに掘り進めて、横穴式石室を完掘しました。石室の奥行き8間余(約14.4m)、幅8尺余(約2.4m)、深さは9尺(約2.7m)以上ありました。

石室の部屋は4室あり、部屋の入口には、幅2尺(約60cm)ほどの柱を門のように並べてありました。1〜3室は方形で各4坪ほどの広さを持ち、一番奥の玄室はもっとも広く、丸みを帯びた胴張り型になっていました。石室の中から埴輪などの副葬品等は発見されませんでした。(クリックで拡大)
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明治34年:考古学者 八木奘三郎氏の報告

発掘記事の1週間後の明治32年(1899年)2月25日には、東京帝國大学の八木奘三郎氏が古墳を視察し、「北大谷の古墳に就て」という見出しで「時事新報」に所見を掲載します。この時の所見を明治34年(1901年)に「人類学雑誌」第189号で「武蔵國八王子在の古墳」として報告しました。報告文では、北大谷古墳について、位置、石槨、類似の古墳、人物及年代の考證、図解と5項目に整理して紹介しました。「石槨(石室)は3室あり、その平面形は奥室(玄室)だけが丸く、石室の入口には、入口を塞ぐための石があった。石室が四角い煉瓦のような石を用いた構造であることは注目すべき点である。石室は、すでに盗掘されていたようで、遺物がなく、類例から年代を考えるしかない。(中略)古墳の年代と被葬者は、奈良時代のもので、高貴な者の墳墓であることは明らかである」。
ちなみに、八木奘三郎氏は、日本考古学研究史において、初めて「古墳時代」という名称を使用した方です。
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昭和8年:後藤守一氏の調査と報告

昭和8年(1933年)6月。当時、帝室博物館に勤務していた後藤守一氏は、東京府史跡名勝天然記念物の調査を行い、昭和11年(1936年)3月にその報告を出しました。北大谷古墳についても、明治34年(1901年)の八木奘三郎氏の報告より、さかぶ詳細な報告を行っています。報告文には写真10枚、墳丘の測量図と再発掘した横穴式石室の実測図も掲載しました。この時の測量では、奥壁幅1.3m、高さ1.9m、玄室は長軸3.5m、短軸3mの規模であることを報告しています。古墳の年代観も「古墳時代後期のもの」としました。
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平成5年:多摩地区所在古墳調査

平成4年度(1992年)から行われていた多摩地区所在古墳調査の一環として、平成5年(1993年)9月末から10月末にかけて、石室の再確認および古墳の周溝の確認を目的とした調査が行われました。この時に、北大谷古墳の周溝の位置の確認のため、地下レーダー調査も行われています。発掘調査の結果、4か所の発掘区(第2〜5トレンチ)から周溝が検出されています。周溝は石室の西、北西、北、北東で確認され、もっとも広い場所で幅4.2m、深さ95cmの規模でした。この発掘調査により、北大谷古墳の規模と形状は、直径39m、高さ2.1m(現況)と報告されてます。

下の図は、平成5年(1993年)の調査の際に作成された全体図を、トレースして着色・加筆したものです。(クリックで拡大)
中央のグレーの部分が石室部分
石室の周囲の茶色が主体部調査の際に掘り下げられた部分
周囲の長方形は、古墳の周溝の確認を目的とした試掘調査区(トレンチ)
試掘調査区(トレンチ)中の濃い茶色は古墳の周溝跡
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北大谷古墳の石室素材は、軟質の砂岩で構築されていました。浅川や大栗川、多摩川の河床にみられる石材で、南武蔵近隣では、北武蔵地区や東海地方に認められる石室です。多摩地区の石室には、楕円形の河原石を小口に積んだ「河原石積横穴式石室」と、軟質の砂岩を用いた「切石積横穴式石室」の種類が確認されており、北大谷古墳は後者の構造でした。この2種類には、被葬者の階層差が反映すると指摘されています。北大谷古墳は、その規模と構造から、7世紀初頭の多摩地区の首長墓と考えられています。

かつては石室に屋根が架けられ、見学することができましたが、平成5年(1993年)の調査終了後、石室を構成する石材のこれ以上の劣化を防ぐために石室は埋め戻されました。今は石室を見ることはできません。府中市にある「武蔵府中熊野神社古墳」とその構造が非常によく似ていると思います。
→武蔵府中熊野神社古墳

小宮公園へ

北大谷古墳を見学した後で、古墳横の道を下りてみることにしました。
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右に草地、左に畑を見ながら歩いていきます。
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落ち葉が積もった木立の中の坂道を下りると…。
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道路に到着しました。
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見覚えのある道路を右方向に歩いていくと。
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小宮公園に着きました。ここは弁天池のある入口です。写真を撮りながら歩いて約15分。普通の方なら10分くらいで着いてしまいます。弁天池西口には10台ほど停まれる駐車場があるので、ここから歩いていく方が近道かもしれません。
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八王子市内には他にも古墳や遺跡があるそうです。ちょっと探してみます。

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郷土資料館様にお聞きしたら、多摩川や浅川周辺には、いくつもの古墳が発見されているそうで、そのいずれも川床から採れた砂岩で築造されていたというお話しでした。多摩地区周辺の古墳を画像検索してみると、河川敷の丸い石を石垣のように積み上げた「河原石積横穴式石室」と、柔らかい砂岩を四角く切り出して組み合わせた「切石積横穴式石室」の2種類があるようですね。北大谷古墳は後者です。

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取材協力:八王子市郷土資料館、参考資料:「特別展 多摩の古墳」(八王子市郷土資料館)

北大谷古墳(全2話)
前編:八王子の街中に古墳があった!
後編:北大谷古墳の発見と発掘調査(当記事)

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by u-t-r | 2018-02-13 16:00 | 八王子見て歩記

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「直接ご本人に会ってお話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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