八王子見て歩記/生まれ変わり物語-3

第三話:前世のふるさとを訪ねる
藤蔵と勝五郎の生まれ変わり物語-3
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勝五郎と祖母・つやは、生家のある中野村から、前世の藤蔵が住んでいた程久保村を目指して山道を歩いていきました。お隣の村とはいえ、標高差100メートル余りの山を越え、1里半(6キロ)ほどの道のりです。経験上、山道を歩くには平地の舗装路の2倍以上の時間がかかります。72歳の祖母とまだまだ幼い数え9歳の孫・勝五郎。2〜3時間はかかったのではないでしょうか。(写真は小峰公園の桜尾根)

程久保の生家を訪ねた勝五郎

「勝や、この家かい」「違う、違う、もっと先の方だよ」。勝五郎は来たはずのないはずの道をどんどん進んでいきました。「この家だ!」。勝五郎は家並みの中から前世の家をすぐに見つけて祖母より先に入っていきました。以前、勝五郎が「程久保の家は3軒並んだ真ん中の家で、裏口から山に続いている」と言っていましたが、その通りの家でした。おばあさんが聞いてみると、確かにこの家には6歳で亡くなった藤蔵という子がいたことが分かりました。

家の主人の名は半四郎といいました。本当のお父さん(久兵衛)はすでに亡く、藤蔵の母が再婚した新しいお父さんでした。お母さんの名前は「しづ」。半四郎夫婦は勝五郎を抱き上げ、じっくり顔を見つめました。集まった親族の中に実父・久兵衛の妹がいて、勝五郎を見ると「久兵衛にも似ている」と言って泣き崩れました。勝五郎は、初めて来たはずの家の中のことをよく知っていました。台所の壁を見て「ここの壁は以前なかったが、戸が入れられている」。顔立ちや声までもよく似ている勝五郎に藤蔵の母が懐かしく寄り添うと「おまえはかか様じゃ。わしは藤蔵じゃ」と言いました。こうして藤蔵本人や家族でしか知り得ない記憶を、ことごとく言い当てていきました。勝五郎が話していたことは、すべて本当のことだったのです。家の向かいのたばこ屋の屋根を指して「以前はあの屋根がなかった。あの木もなかった」と勝五郎が言ったことはどれも事実だったので、半四郎夫婦はますます驚きました。

前世・藤蔵の家族は勝五郎をわが家に迎えたいと申し出ますが、勝五郎は「今はおっとうやおっかぁがいるから、両家においてください」と答えました。中野村に帰った後、父・源蔵に「半四郎の家と親類付き合いをしてほしい」と頼みます。その後、今の両親と前世の両親が相談して、勝五郎は両家の子となりました。
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藤蔵が生まれた程久保の生家

前世・藤蔵(ほどくぼ小僧)が生まれた地に行ってみました。最寄り駅は高幡不動から多摩モノレールで1つ目の駅「程久保」です。
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程久保駅から藤蔵の生家まではほんの100メートルちょっと。程久保村は浅川の源流のひとつ、程久保川沿いの集落でした。
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藤蔵の生家の前には「程久保六地蔵」があります。藤蔵が亡くなる文化7年(1810年)より前、江戸時代中期の寛政7年(1795年)に、ここ程久保村の女念仏講の人たちによって、村人の苦しみを救い、村内が平和で、幼くして亡くなった子供たちが地蔵菩薩に救われるようにと建立されました。藤蔵が幼くして亡くなった後に、母・しづも参拝していたことでしょう。
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程久保六地蔵尊の由来
お地蔵様という名前は大地が万物を生ぜしめる大きな力を蔵している様に、大きな功徳力で過去現在の全ての人々の災難を除き願う所の福利を与えて下さるところから、お地蔵様と申します。そしてその功徳を表わしめるために、地蔵が六道とよばれる六っの世界-地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道-の六道にお姿を示され、参拝する人々の苦しみを救って下さるのです。
この程久保六地蔵尊は江戸時代中期の寛政七年程久保村女念仏講の皆様により造立されたもので、村人の苦しみを救い、村内が平和で、特に幼くして死んだ子供が冥途にある賽の河原で石を積んで塔を造っていると、鬼が来てこれを崩すので、地蔵菩薩が来て、子供を救うという伝説から子供の守り本尊としてお祭りしてあります。
毎月二十四日は地蔵様のご縁日ですが、道行くみなさまには毎日のお勤めの行き帰り、又、動物園等への観光の折、ご参拝頂きたいと存じます。
合掌

(クリックで拡大)
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藤蔵の生家の現在の姿です。個人のお住まいなので控えめに撮らせていただきました。
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藤蔵の生家の斜め前が「たばこ屋」です。こちらも個人住宅になっていました。
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生家の前のゆるやかな坂道を上がると、小さな塚の上に馬頭観音がありました。信心深かった藤蔵の父が建てたものと言われています。
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今でも近所の方がお花をお供えしていらっしゃるようです。
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6歳で亡くなった藤蔵の墓は、当初は程久保村の生家から程久保川の向こう岸の高台にありました。その後、多摩動物公園が出来たころから宅地開発が進み、藤蔵の墓地もその影響を受けて、現在の高幡不動尊境内の墓地に改葬されました。
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第四話では勝五郎の聞き取りの記録をご紹介します。

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今でこそお寺さんに眠っている藤蔵と勝五郎ですが、改葬前までは両名とも高台の中腹にありました。亡くなった後も、残された家族たちの働くさまを見られるように、寂しくないようにとの思いが込められていたのでしょうね。

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参考資料:「絵本:ほどくぼ小僧 生まれ変わりの勝五郎」(日野市郷土資料館)、「生まれ変わり物語の主人公 ほどくぼ小僧(勝五郎)の前世 藤蔵の墓」(勝五郎生まれ変わり物語探求調査団)、秋田魁新報社「前世知る少年 篤胤「再生記聞を読む」

藤蔵と勝五郎の生まれ変わり物語(全4話)
第一話:前世の記憶を語りはじめた勝五郎
第二話:不思議な話しが広まっていく
第三話:前世のふるさとを訪ねる(当記事)
第四話:第四話:生まれ変わりに取材が殺到・その後の勝五郎

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by u-t-r | 2017-12-12 16:00 | 八王子見て歩記

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