八王子見て歩記/松姫さま四百年祭-1

四百年ぶりの里帰り
松姫さま四百年祭-1(4月9日心源院)
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下恩方の古刹・心源院は曹洞宗のお寺さんです。開創は古く、延喜年間(901〜923年)と伝えられています。学問の神様と呼ばれる菅原道真公がまだ生きていた時代ですね。山懐に抱かれた普段は静かな境内に、この日は多くの参拝者が訪れました。平成28年(2016年)4月9日。このお寺で若き日に修行の日々を送り出家された松姫さまが400年ぶりに里帰りを果たすのです。回向柱に結ばれた結縁五色幕帯は本堂へと延び、やがて帰ってくる松姫さま座像に繋がります。元和2年(1616年)に亡くなられて、今年の4月16日でちょうど400回忌。信松院宝物殿から一度も出たことのない八王子市指定文化財の松姫さま坐像が心源院に里帰りすることになりました。

里帰りと合わせて、松姫さま座像は師の墓参りにも出向かれます。実は、松姫さまは師である卜山(ぼくざん)禅師のお墓参りをしたことがありません。というのも、松姫さまは卜山禅師より先にご生涯を終えられたからです。卜山禅師の墓所は一番最後に住まわれた宗関寺にあり、里帰り大法要の前に、初めて師匠にお参りすることになりました。狭い墓所を座像が通るのは大変なので、信松院ご住職が代わりにお参りされます。
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松姫さまのご生涯

松姫さまは戦国武将・武田信玄の四女として、今から450年前の永禄4年(1561年)9月にお生まれになりました。何不自由なく少女時代を過ごされたはずですが、下って戦国時代の末期、天正10年(1582年)になると、織田家の大軍勢に攻められた武田氏は滅亡に瀕していました。3月2日には高遠城が落城して実兄の仁科盛信公が壮絶な戦死をとげ、主君武田勝頼公も3月11日に天目山で追手に討たれてしまいます。別のルートで逃避した松姫さま一行は辛くも八王子の地に逃げ延びます。この時、松姫さま21歳。一緒に連れて逃げたのは3人の幼姫たちでした。

最初は金照庵に隠れ住んでいた松姫さまは、武田氏一族の慰霊のため僧侶となることを決心します。当時の心源院のご住職は第六世・随翁舜悦(ずいおうしゅんえつ)和尚、またの名は卜山(ぼくざん)禅師。卜山禅師は名僧として名高く、門徒には滝山城主北条氏照とその夫人や片倉城主安藤常貞らの名前が残っており、七尺(212cm)を超える長身で120歳まで長生きしたといいます。永正4年(1507年)の生まれだったといいますから、この時すでに75歳。22歳の松姫さまとはまるで祖父と孫のような年齢差の師弟です。松姫さまの願いを三度断ったと伝えられる卜山禅師も、やがて熱心な思いに心打たれ入門を許します。(信松院蔵)
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修行の間は幼姫たちの遊び相手になったり、長刀の練習をしていた松姫さまですが、出家されてからは信松禅尼の法号を授かり、武田氏の姫君のお立場を捨て、ひとりの僧侶としての道を新たに歩みはじめます。その後、御所水の里(今の台町)に庵を建てて、そこに住むことになります。自活の道をたてるために蚕を飼い、糸をつむぎ、機を織り、染め物に精出し。また、近所の子どもたちを集めて寺小屋を開いて読み書きを教えて生活の糧としました。その生活の中で三人の幼姫たちを育てあげられたのです。

松姫さまがお亡くなりになったのは元和2年(1616年)の4月16日。十数年間住みなれた上野原宿の草庵において、眠るがごとく56年の生涯を閉じられました。法名、信松院殿月峰永琴大禅定尼。「この草庵と敷地を寺院にしたい」と生前に語っていた願いを卜山禅師が聞き届け、10月1日を期して、信松尼を開基とし草創されたのが台町の信松院です。信松院の第一世大和尚は卜山禅師が勤められました。
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PM2:00 総門から御詠歌とともに

午後2時になると総門からお唱えが聴こえてきました。

はぁ〜なぁのぅ あぁしたぁにぃ
かぁたぁほぉえぇみぃ〜ぃいぃいい
ゆぅぅきぃの ゆぅぅうべに
ひぃじぃを たぁちぃ

曹洞宗の御詠歌「正法御和讃(しょうぼうごわさん)」です。御詠歌とは、仏の教えを歌にのせて鈴の音を鳴らしながら唱える合唱のようなもの。

花の晨(あした)に 片頬笑み(かたほえみ)
雪の夕べに 臂(ひじ)を断ち

代々(よよ)に 伝(つと)うる 道はしも
余処(よそ)に 比類(たぐい)は 荒磯の

波も得よせぬ 高岩(たかいわ)に
かきもつくべき 法(のり)ならばこそ

※この日にお唱えされた御詠歌「正法御和讃」は、2節目の「代々に伝おる道はしも」から曹洞禅ネットで試聴できます。
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御詠歌とともに松姫さま一行が境内に入ってきます。室町時代建立と伝えられるこの総門。江戸時代初期の松姫さまも卜山禅師を訪ねて同じ門を実際にくぐられたはず。静かな境内に若い僧侶二人のハーモニーがとってもきれいで、カメラやスマホ片手の参拝者が参道に集まってきました。
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先頭は御詠歌を唱える僧侶二人。続いて心源院の総檀家の皆さん、蓮弁の形に切られた紙を撒く散華(さんげ)のお坊さん、御輿に乗った松姫さま座像と介添役の信松院の檀家の皆さん、信松院西村ご住職と僧侶の順です。
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PM2:10 若き日を過ごした本堂へ

総門から入った後、境内を巡りつつ玉砂利が敷き詰められた参道を本堂へ向かいます。
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本堂を右手に見ながら一行は進みます。向こうの赤い傘が松姫さま。
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4人の僧侶が散華を行って、松姫さまの行く道を浄めます。
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信松尼さま(松姫さま)の御位牌。「當院開基 信松院殿月峰永琴大禅定尼 位」とあります。ふだんは信松院に安置して崇敬されているものです。
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御輿はこの日のために作られたものです。構造は仏具と同じ本格的な造りなので大変な重さがあり、若い僧侶8人が力を合わせて担いでいました。座像が日焼けしないよう赤い傘で日差しを遮っています。
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本堂へ通じる参道へ入りました。五色の布に書かれているのは心源院の歴代ご住職のお名前です。心源院は延喜年間(901~923年)智定律師が律宗の寺として創建しました。後に戦国時代の僧・季雲永嶽和尚を請して曹洞宗に改宗しました。なので、曹洞宗のお寺としての心源院第一世は季雲永嶽和尚で、松姫さまの師匠である随翁舜悦和尚(卜山禅師)は第六世に当たり、現在は第三十五世の智勝新命和尚に引き継がれています。
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人々に見守られながら松姫さまは静々と参道を進みます。信松院宝物殿から表に出たのは、今から300年前の百回忌に寄進されてからこれが初めて。次の機会はないかもしれない貴重なシーンです。(クリックで拡大)
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八王子のゆるキャラのひとり、松姫マッピ〜が本堂の前でお出迎えです。
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松姫さまを出迎えるのは、心源院第三十五世ご住職・智勝新命和尚。紫色の法衣の方です。いつもは気さくな和尚さんですが、この日ばかりは少し緊張気味でした。「和尚さん、がんばれー!」(心の声)
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PM2:12 里帰り

本堂の階段を上る松姫さま。
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21歳のあの日、修行の日々を送った心源院に400年ぶりの里帰りです。
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本堂で一旦下ろされた御輿は、これから本堂の正面に安置されます。
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本堂の中も散華で浄められました。蓮弁の形に切られた紙です。
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普段は御本尊がおわします須弥壇(しゅみだん)中央に4月9日〜16日の間だけ松姫さまが安置されます。
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御輿は重いし、一段高い場所だし、信松院の檀家さんたちは大変です。
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午後2時20分。安置された松姫さまに、ご住職が血脈(けちみゃく)を結びます。
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御本尊の御手と松姫さま座像とが赤い糸で結ばれ、松姫さまとお参りの人々とは五色の色糸を通して外に伸びて結縁五色幕帯となり、参道の回向柱に繋がるのです。つまり、回向柱に触れるだけで御本尊や松姫さまとの御縁が結ばれるというわけ。
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この後、16日まで1週間の間、松姫さまは里帰りを果たされたのですが、ご住職も毎朝10時に欠かさず御開帳法要を続けられました。檀家さんをはじめ、下恩方の方たちも400年ぶりにお戻りになられた松姫さまを慕って、お参りに来られたそうです。

心源院は終戦直前の八王子空襲により本堂をはじめ建物が全焼。心源院を去る時に師匠である卜山禅師に心をこめて松姫さまが縫ったという墨染めの袈裟をはじめ、貴重な寺宝が失われてしまいました。残ったのは入口の総門だけです。今は戦前に撮られた写真に当時の姿を残します。けれどもこの地・この場所に松姫さまが実在し、若き日を過ごされたことは間違いありません。

これで四百回忌里帰り大法要の準備が終わりました。次回は大法要のようすをレポートいたします。

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この日のために遠くから参加された方が多いようで、千葉ナンバーや埼玉ナンバーの車が見られました。
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取材協力(撮影許可をいただいています):深澤山心源院、金龍山信松院、産千代稲荷

松姫さま四百年祭(全6話)
第1話「四百年ぶりの里帰り」(当記事)
第2話「修行された地で里帰り大法要」
第3話「善男善女に送られて」
第4話「稚児たちをお供に御縁巡り」
第5話「松姫通りを信松院へ」
第6話「四百回忌大法要」

松姫さま(全7話)
→その1「清和源氏の名門武田家の姫君」
→その2「高遠城陥落と兄盛頼の死」
→その3「武田氏滅亡と流転の旅」
→その4「逃避行-甲斐の国を逃れる」
→その5「信松尼となった松姫さま」
→その6「武田家の遺臣たちに慕われて」
→その7「最終話:松姫さまの残されたもの」

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by u-t-r | 2016-07-12 16:00 | 八王子見て歩記

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「直接ご本人に会ってお話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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