つぶやき/蕎麦(後編)

江戸の蕎麦屋台
高尾のとろろ蕎麦(後編)
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時代劇でおなじみ江戸時代の蕎麦屋台。中はどうなっているのでしょう。インターネット上で探しても、そこまで詳しい説明は見つかりません。深川江戸資料館の屋台を見てみましょう。説明員の方のお話しでは、展示物の作りや中に入っているものは当時を忠実に再現したものだそう。

明暦3年生まれ

蕎麦屋台が生まれたのは明暦3年(1657年)頃と言われています。明暦3年1月18日(1657年3月2日)から1月20日(3月4日)にかけて、当時の江戸の大半を焼失するに至った大火災、振袖火事・丸山火事とも呼ばれる明暦の大火(めいれきのたいか)が起きます。江戸城の本丸や天守閣まで焼く大災害となって江戸の町の大半が焼失し、その復旧作業のために全国から職人が集まったことから、彼らが気軽に飲食できるファーストフードが発達しました。
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その後、大火を警戒した幕府は火災時の延焼を防ぐため、「火除地」「広小路」などの空地を町の各所に設けました。破壊消防しか方法がなかった時代に考えられた防火線です。この場所での恒久建築は禁じられましたが、庶民たちはそれらの空間を盛り場的な営業地とし、屋台見世や茶店、芝居小屋、見世物小屋などが建ち並び、食事処として賑わいだします。簡素なおかずと盛り切りの飯を出す一膳飯屋や居酒屋などが登場。寿司、豆腐を串刺にしたみそ田楽の辻売りなども登場しました。屋台蕎麦もそのひとつ。当時の営業期間は立冬(今でいえば11月初め頃)から冬の終わりまでの間で、しかも夜の間だったことから夜鳴き蕎麦と呼ばれました、

コンパクトなお蕎麦屋さん

屋台のかたちは独特です。かつぎ棒の左右に小さな箱が付いていて、全体が細い屋根で繋がっている。見た目は屋敷の門のよう。高さ2mほど、幅は人の肩幅くらい。こんなに小さなお店で蕎麦屋さんができるものなのでしょうか。向かって左の箱にどんぶりと蕎麦猪口、引き出しには蕎麦・うどん玉が。右には蕎麦をゆがく茹で釜と七輪(しちりん)が入っています。水桶まで付いていて、どうやら簡単なお蕎麦なら作れそうな感じ。
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右側の箱はキッチンセット

右側の箱の一番上は調味料置場です。麺つゆ、唐辛子などの薬味、燗酒をつけるチロリまで入っていました。
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真ん中の段は茹で釜です。
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茹で釜の下に七輪。その下に水桶です。
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左側の箱はストッカー

火を使う右側に対して、左側は麺類と器の収納庫になっています。最上段が蕎麦猪口、その下にどんぶり。箸入れのカゴが引っ掛けてあります。風鈴が下がっていますよね。これは「しっぽく蕎麦」のサインなんです。寛延年間(1700年代後半)になると、若干品質の高いものを少し割高に売る屋台が登場します。呼び声をだすかわりに屋台の屋根の下につけた風鈴の音で客に蕎麦売りが来ていることを知らせていました。しっぽく蕎麦は現在のおかめ蕎麦の原型とも言われています。
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どんぶり置きの下が蕎麦やうどんが入った棚です。
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展示されている屋台は棚が5段式。思わず1日の売上げを数えてしまいました。1段に約10玉として合計50玉。かけ蕎麦1杯16文なら全部売れると800文(13,200円)。蕎麦粉やめんつゆ、薪や炭などの原価を引くと約半分くらいが利益でしょう。当時の大工さんの日当が銀五匁四分(5,940円)、野菜の行商人の利益は500文(8,250円)ほどでした。
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うどん玉の横にきつね蕎麦に乗せるおいなりさんが入っていました。芸が細かい!
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モースコレクションに見る蕎麦屋台

大森貝塚を発見したことで有名なエドワード・S・モースが撮影した明治時代の蕎麦屋台です。屋根がないなど深川江戸資料館の屋台と多少の違いはありますが、現役で使われていたころのようすをうかがい知ることができますね。壁に背を向けるように屋台を置き、蕎麦屋さんの右側に湯で釜、左側に麺置きだったようです。これなら右利きにとって使いやすい。立ってお蕎麦を食べているのは職人さんでしょうか。江戸時代そのままの光景だったと思います。
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独身者が多かった江戸の町。一人分を炊事するより外食の方がずっと安くお手軽でした。出勤前に蕎麦をかきこむ立ち食い蕎麦屋のサラリーマン。今に伝わる江戸のファーストフードだったんですね。

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取材協力:深川江戸資料館

高尾のとろろ蕎麦(全3話)
→引っ越し蕎麦と、とろろ蕎麦
→蕎麦の歴史をたどる
→江戸の蕎麦屋台(当記事)

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by u-t-r | 2013-04-16 16:00 | つぶやき

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「直接ご本人に会ってお話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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