八王子見て歩記/松姫さま5

信松尼となった松姫さま
松姫さま(その5)
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容姿端麗な美人だった松姫さまは、富豪の息子や士豪の若者たちから求婚されることが多く、ほとほと困り抜いていました。清和源氏の流れをくむ名門の血筋に、こうした美貌と天性の気品とあれば無理もありません。真剣に結婚を申し込んできた郷土の若者に、じゅんじゅんと言い聞かせて帰したという逸話さえ残っています。天正10年(1582年)晩秋のころには、下恩方の心源院の門弟となることを決めて、金照庵を去ることにしました。

心源院で仏門に入る
心源院の開創は古く、延喜年間(901〜923年)と伝えられています。松姫さまが身を寄せたころは第六世の随翁舜悦(ずいおうしゅんえつ)和尚、またの名は卜山(ぼくざん)禅師の代でした。卜山禅師は名僧として名高く、門徒には滝山城主北条氏照とその夫人や片倉城主安藤常貞らの名前が残っており、七尺(212cm)を超える長身で120歳まで長生きしたといいます。永正4年(1507年)の生まれだったといいますから、この時すでに75歳。22歳の松姫さまとはまるで祖父と孫のような年齢差の師弟です。

心源院へ入門した松姫さまは、緑の黒髪を断ち「信松禅尼(しんしょうぜんに)」という法名を授けられました。この年(天正10年)元旦に、新府城の築城祝いを兼ねて武田氏一族そろって盛大な宴を祝ってから、わずか9か月後のことでした。まだ22歳だった松姫さま、この時にはもう、生涯独身をとおされて武田氏一族の菩提をとむらうことを心に決めていたのです。「信松禅尼」というお名前に、父信玄と、武田氏を滅ぼした許嫁の信忠ともにある同じ「信」の一文字。戦国の世に生まれた女性の切なさを感じてしまいます。
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古刹心源院の境内には大きなしだれ桜(推定樹齢300年)がありました。浄福寺のしだれ桜(樹齢150年)よりも幹が太く、桜の季節にはみごとな花を咲かせるそう。
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心源院は昭和20年(1945年)8月2日未明の八王子大空襲をうけ、本堂をはじめ建物が全焼。心源院を去る時に信松尼が心をこめて縫ったという墨染めの袈裟など貴重な品々も失われてしまいました。現在唯一残っているのは古い時代の薙刀です。刀身の長さ40.8cm、反り2.8cm。松姫さま愛用の薙刀との説もありますが、心源院の伝承では中山勘解由(かげゆ)の夫人のものだそう。銘文は「武州住内記康重」とあり、天正時代(1573〜1592年)の二代目与五郎康重が武州(今の八王子)で作刀した下原刀(したはらとう)に間違いありません。
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修行の日々
心源院の門弟となった松姫さまは、卜山禅師のもとで一心不乱に仏法の荒修行をつみ、先祖の冥福を祈る日々をおくるようになりました。逃避行の時に一緒に連れてきた幼き姫3人の相手となって遊戯にうち興じたり、愛用の薙刀を手に寒稽古にいそしむこともあったと言い伝えられています。督姫は11歳に、貞姫と香具姫は12歳になりました。

こうして松姫さまが8年間の修行を過ごすうちに、豊臣氏の時代に移り変わっていきました。天正18年(1590年)6月、豊臣秀吉は前田利家と上杉景勝に命じて小田原城主北条一族の攻略を目指し、八王子城を攻め落としてしまいます。北条氏とゆかりの深かった卜山禅師は、心源院から一山越えた宗関寺へと逃げ延び、松姫さまも安閑としていられなくなりました。この時代には国が滅びると、寺が処罰されることも多かったといいます。
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御所水の里へ
天正18年(1590年)も秋になって、松姫さまは上由井領の御所水の里(今の台町)に庵を建てて、そこに住むことにしました。八王子城落城によって城下町は荒廃していましたが、そこは今の八王子市の中心街横山町あたり。2km離れた御所水の里は湧き水が流れ、カキツバタがたくさん自生する景勝の地だったといわれています。庵は、いま信松院のある場所から南へ5町(545m)ほど離れたところです。富士森公園の西側の丘陵から、清れつな湧き水がこんこんと湧き出し、かなり大きな沼池がありました。

松姫さまは自活の道をたてるために蚕を飼い、糸をつむぎ、機を織り、染め物に精出し。また、近所の子どもたちを集めて寺小屋を開いて読み書きを教えて生活のかてとしました。育ち盛りの3人の姫をかかえた生活は決して楽ではなく、侍女たちと一緒になって遅くまで働き続ける日々でした。こうした織物に対する熱心な創意工夫が、のちの八王子織物の礎となっているといいます。
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親代わりに3人の幼姫を立派に育てた松姫さま。武田家にいたころは他の人たちがやっていたような労働をしていなかったに違いありません。22歳で3女の母、30歳でみずからの庵を建てられたのですから、ほんとうに働きものの女性だったのですね。

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取材協力:金龍山信松院、深澤山心源院、恩方第二小学校
参考資料:「武田信玄息女 松姫さま」(北島藤次郎著)

松姫さま(全7話)
→その1「清和源氏の名門武田家の姫君」
→その2「高遠城陥落と兄盛頼の死」
→その3「武田氏滅亡と流転の旅」
→その4「逃避行-甲斐の国を逃れる」
→その5「信松尼となった松姫さま」(当記事)
→その6「武田家の遺臣たちに慕われて」
→その7「最終話:松姫さまの残されたもの」

松姫さま四百年祭(全6話)
第1話「四百年ぶりの里帰り」
第2話「修行された地で里帰り大法要」
第3話「善男善女に送られて」
第4話「稚児たちをお供に御縁巡り」
第5話「松姫通りを信松院へ」
第6話「四百回忌大法要」

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by u-t-r | 2011-08-02 22:12 | 八王子見て歩記

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