八王子見て歩記/算額

八王子住吉神社の算額
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神社には、御神酒、米俵、相撲や舞いなど色々なものが奉納されます。
受験シーズンには合格祈願の絵馬が多くなりますよね。
絵馬には、ご家族の健康や祈願成就など、庶民のささやかな願いが込められています。
地元八王子の住吉神社に江戸時代に奉納された一風変わった絵馬がありました。

算額とは
この大きな看板のような奉納絵馬、「算額」(さんがく)といいます。算額は江戸時代の庶民が、数学(和算)の問題が解けたことを神仏に感謝し、増々の勉学を誓うために奉納されたといわれています。

今でも全国に約820面の算額が現存しており、国内で現在残っている一番古い算額は栃木県佐野市星宮神社のもの、天和3年(1683年)江戸の村山庄兵衛吉重という人が掲げたものです。次いで京都市の北野八幡宮のもの、貞享3年(1686年)。東京都では、寛政6年(1794年)正月奉納の秋川市二宮神社のものが最古で、八王子市住吉神社の算額は嘉永8年(1851年) 奉納。梅田不動、金王八幡不動神社に次いで東京で4番目に古いものになります。
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数学が盛んだった江戸時代
今でこそ、算数・数学といえば受験科目というイメージが強いですが、江戸時代は数学にとって自由な時代でした。数学が優れているから得をするとか、身分や生活が保障されるとか、頭が良いなどと誉められることは全くなかったといいます。

数学の知識が豊かだから、何かの役にたつ、ためになるという事がないため、学習したい者が好きに研究したりしていました。といっても日常生活に必要な程度の数学は、算盤を使って計算できるもので十分。寺小屋に4〜5年通えば誰でも自然にマスターできました。たぶん、当時の人は数学の学習に苦痛は感じなかったでしょう。寺子屋以上の学力を望む者は、日本中いたるところにあった数学の塾に入門しました。

八王子における学問、あるいは教育の普及は、八王子千人同心に負うところ大でした。千人同心とは甲州武田の小人頭を中心として、徳川家が江戸城周辺の臨戦態勢の一環として結成させたもので、半農半士の集団です。武道の道にも励みましたが、当時の武士がそうであったように学問にも教育にも熱心でした。千人同心がその子弟、あるいは農家の子弟に対して開いた塾は非常に多いのです。

数学と算額
江戸時代に数学を勉強した人が成果を発表する方法は2つありました。
1つは書物にして発表する方法、江戸時代の日本に限らずどこの国でも今でもやっている方法ですね。江戸時代の日本には、他に例をみない独特の方法がありました。それは、自分の解決できた和算の問題や答、術(答までの手順)を板に書き、これを額にして神社やお寺に奉納して、大勢の人に見てもらうという方法です。この数学の問題を額にしたものが「算額」です。

算額を奉納する理由は、はじめは「難問が解けたのは神のおかげである」「神に感謝し、神におぼえてもらう」「もっと数学の実力がつきますように」という祈願の意味を持っていましたが、時代が経つにつれ、全国的に流行し、理由も多様化していきます。
主なものは、以下の理由です。
1.研究発表として奉納する。
2.自分のグループの宣伝のために奉納する。
3.記録・記念として奉納する。

奉納した人は数学者や研究者ばかりではありませんでした。農業や商売を営むごく普通の人(時として女性)が皆で問題を作ったり解いたりし、良い問題と認められたものを算額として奉納していたようです。こうしたことから江戸庶民が趣味として和算を楽しんでいたことがうかがえます。私たちがテレビのクイズ番組を楽しんでいるのと同じですね。

住吉神社の算額
住吉神社は、応安五年(1372年)に片倉城の鎮守の神として、城主・長井大善大夫道広が摂津国(大阪市)住吉大社を歓請したのがはじまりと伝えられています。

伝承によると、嘉永8年(1851年) 川幡元右衛門泰吉とその門人5名により「数学の実力がつきますように」と祈願奉納されたもので、この算額は昭和40年(1965年)まで、誰もその存在を知ることなく飾られていましたが、昭和41年(1966年)春、八王子市史編纂委員・佐々木内蔵助氏が発見し、東京新聞に紹介されました。

当時、すでに墨の部分は風雨にさらされて全く消えていましたが、墨の部分だけ浮きあがっていたため読むのにさほど苦労しなかったそうです。現在のものは昭和62年(1987年)、日本数学史会・佐藤健一氏および、書家・松川忠雄氏(玉堂)の手により復元されました。

住吉神社の算額を画像にしてみました。ネット上で調べても、算額の再現清書例が見つからないので、興味がおありの方の資料になるのではないかと思います。
※算額を書き写す際に、一部の旧漢字を現代漢字に直しています。

さて、皆さんは解けますか?
(クリックすると大きなサイズになります)
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「多摩の算額」によると、第一問は以下のような問題だそうです。
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如図有空積
問等円至
答云等円至若干

図のように、互いに外接する2つの等円と、その共通接線によって囲まれた部分の面積を「空積」とすれば、等円の直径はいくらになるか。

うわ〜〜〜!難しい!!

現代八王子の算額
現代の私たちにとって、数学は受験の1科目といった印象が強くなっています。はたして、江戸時代の数学文化である和算、そして算額は滅びてしまったのでしょうか?
検索してみると、驚くべき事が分かりました。平成16年(2004年)、和算研究所様主催のイベント「算額を作ろうコンクール」で、地元八王子の高校生の作品が、みごと金賞に選ばれていました。
さすがに今どきの子が作った問題。私にはまったく手が出ませんでしたが、ご先祖様が残した和算の伝統は今も脈々と伝えられているようです。

参考資料:「八王子住吉神社の算額」、「多摩の算額」
取材協力:住吉神社(八王子市片倉町2475)、住吉神社世話人会
by u-t-r | 2009-04-18 16:00 | 八王子見て歩記

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「直接ご本人に会ってお話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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