八王子見て歩記/履物(前編)

履物ひとすじ百七十四年(前編)
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かつての八王子は、足利、秩父、伊勢崎などと並ぶ着物の主産地のひとつでした。日常着として愛された八王子銘仙 (めいせん)は、主力産業として長く地域経済を支えていました。市内には今でも専門技能を持った方がたくさんいらっしゃいます。

では、着物の足元はどうだったのでしょう。西放射線通りの中ほどに、スニーカーや革靴などを一切置かないという今どき珍しい履物専門店があります。「はきもの福島」の看板がかかったお店の名前は福島履物店様。四代目福島悟郎様と御当主 五代目福島進様にお話しをうかがいました。写真は店内に下げられていた色鮮やかな鼻緒です。昔は、履物屋さんならどこでも見慣れた光景ですが、最近すっかり見なくなっちゃいましたね。

創業天保年間の老舗
先祖代々、ここ八王子で履物を手がけてきました。当店の創業は今から174年前の天保5年(1834年)、天保の改革が終わった翌年にあたります。皆さんよくご存知の人物が活躍していた江戸文化華やかなりし時代です。葛飾北斎、十返舎一九、滝沢馬琴、渡辺崋山、井伊直弼、遠山金四郎、間宮林蔵ならご存知でしょう。勝海舟と吉田松陰が11歳、近藤勇は生まれたばかりでした。

創業の地は横山町です。当時の八王子は甲州街道沿いが中心街でした。今は駅北口近くの西放射線通りに店をかまえておりますが、戦後の区画整理で何回か移転してこの場所に引っ越してきたんです。最近、先々代(三代目)が残した書き付けが見つかりましてね。それによると「初代は呉服屋の小倅、創業は天保5年よりももっと以前」とあります。どうやら創業年度はもっと古いようです。残念なことに、創業当初の資料など貴重なものを収蔵していた蔵が、八王子空襲で焼夷弾の直撃を受けて燃えてしまってね。詳しいことは分かりません。

昭和初期には市内に66軒もあった履物屋、今残っているのはほんの数軒だけです。八王子の古い時代を知っている方なら、「徳利亀屋と壷伊勢屋」「三加嶋」などは店構えまで目に浮かぶような言葉でしょう。歴史あるお店のほとんどがなくなり、残っているのは八王子で一番古い井桁屋さん、加島屋さん、黒沼鰹節店さんなど、めっきり少なくなってしまいましたね。
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履物の時代
昭和40年頃までは普段着に和服をお召しになる方がまだまだ多かった時代です。お召しが着物なら、お足元も履物になりますよね。その頃は八王子繊維産業も景気のいい時代で、盆暮には機屋さんが女性従業員さんへ下駄をあげていたものです。

八王子芸者さんたちもお得意様でした。粋な仕立て方をなさっていてね。直づけといって履物の底の厚みを思い切って薄くされるんです。つま先で1cmもない薄手の草履。雨の日なんて足が濡れてしまうので歩けやしません。「たとえ歩ける距離でも人力車で」の心意気なんでしょうね。

その頃は、履物生地から鼻緒まで全部作っていました。この半纏はね。うちのおかかえ職人さんに着せていたものです。お店の家紋入りの半纏を作って職人さんに渡す習慣があったんです。半纏を渡されることが彼らにとって誇りであり、正月の参拝や顔合わせ会などの公式行事には必ず着ていた、いわば職人さんのタキシード。当主はもっと豪華な仕立ての半纏を着ていたのですが、空襲で焼けてしまってね。
※御当主 五代目 福島進様(左)、四代目 福島悟郎様(右)
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雪駄と草履
当店の自慢のひとつは雪駄の品揃えです。お相撲さんやフーテンの寅さんが愛用している履物といえばお分かりになるんじゃないでしょうか。色合いから「畳表じゃないの?」と聞かれることがありますが、とんでもない!雪駄にはちゃんとした流儀があるんです。

厳密に言うと、竹の子の皮を細く裂いて密に編み込み、20数工程かけて仕上げた表に皮底を付けたものだけを雪駄(本来は雪踏)と呼ぶんです。一説には千利休が降雪時に茶室へ行く為に考案したとも言われています。それ以外の、表に革や合成皮革、布等を使用した物は一般的に草履と呼びます。

雪駄をよくご覧になってください。鼻緒の位置がちょっと後ろ加減でしょ?少しかかとが出るように履くのが粋な履き方なんです。ビーチサンダルじゃないんだから、かかとまで入る大きさは野暮天ですよ。雪駄の履き心地は鼻緒で決まります。いくら歩いても足が痛くならないように挿げるのが職人の腕の見せどころ。けっこうデリケートな履物でね。濡らしたり雨の中で履くと水と吸ってふやけてしまいます。一度ふやけたものは乾いても元の状態には戻りません。

雪駄は鼻緒と表に凝るのがお洒落なんです。野崎表、カラス表、横糸に馬のたてがみや尻尾の毛を使い織り上げた生地使い、漆印伝(うるしいんでん)、オーストリッチの脚の皮を使った石垣モザイク、クロコダイル皮、ニシキヘビ皮、トカゲ皮、刺子。うちでは表だけでもこれだけの種類を揃えています。

「この雪駄、かかとが入らない、小さいんじゃないの?」「草履から足がはみ出るんですけど…」。お客さんからそんなことを言われる時代になっちゃいました。着物文化が次代へちゃんと伝わっていないんでしょうね。そのたびにきちんと説明さしあげるのも履物屋の仕事だと思っています。
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お話しは八王子の歴史から履物の知識まで多岐に渡りました。
履物には細かいサイズ表記がないそうですよ。24.5cmや12文という大きさの目安です。それではどうやって自分の足に合うサイズにするのでしょう。ご主人に教えていただきました。後編で仕立て方や、最近の流行をお話ししたいと思います。

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→後編へ続く

取材協力:福島履物店

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by u-t-r | 2009-11-04 05:07 | 八王子見て歩記

UTR不動産です。八王子の歴史や暮らしをコツコツ取材しています。基本は「現地で直接お話しを聞く!」。地元の話題が多いですが、どうぞお付き合いのほどを。


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