賃貸管理日記/初期ワンルーム
2009年 11月 17日
初期の八王子ワンルームマンション
一人暮らし向け物件の移り変わり(その2)
昭和50年代後半には、八王子にもワンルームマンションが建ちはじめるようになります。といっても、投資用として始まった23区内と違い、賃貸経営用としてでした。中央大、東京工科大、創価大、戸板短大、造形大、多摩美術大などに続き、何校も八王子に移転しつつあり、学生さんの数が増えてきました。また、工業団地に進出してくる企業の従業員向けにも独身者向け賃貸物件はいくらあっても足りないほどでした。
団塊世代ジュニアの大学進学時期と、八王子繊維業界が変節時期にあった背景から、賃貸経営を目指すオーナー様が一気に増え、三角屋根の機織り工場が次々にワンルームマンションへと姿を変えていきました。
ワンルーム普及期
初期に建った八王子のワンルームマンションは、ほとんどがALC造(鉄骨軽量発泡コンクリート)でした。広さは16〜17m2ほど。キッチン、バス、トイレが標準で室内に設置され、今のワンルームの体裁が整ってきました。
女子寮として建てられた物件では居室の広さが4畳半、その他の一般的な物件は6畳ほど。お家賃は居室が6畳のワンルームで3万5,000円前後と、貸間に比べてお風呂がある分だけ高額になっていました。貸間にはなかったお風呂が設置されたのは、新しく建てられたワンルームの周辺に銭湯がなかったからでもあります。そのためこうした地域では、ユニットバスを設置せざるを得ませんでした。バス付き物件が増えると、それはすぐ常識化していきます。
「畳」と書いたのには理由があります。写真は当時の代表的なお部屋。ご覧の通り畳敷きです。まだまだ布団で寝起きする学生さんが多かったのでしょう。建物外観は今と変わりませんが、居室は和室だったんです。襖(ふすま)表の収納が押入れの名残りを感じさせます。1間幅の天袋も健在です。
オール電化
今ならごく普通に付いている設備もまだまだ普及していません。ベランダがなく窓に手すりが付いているだけだったり、ドアチャイムやインターホンがなかったり、ドアをノックするのは一般のご家庭でも当たり前の時代だったからでしょうね。
最初の頃のワンルームは、ほぼすべてがオール電化。火災の心配がなくガス配管もいらないメリットはオーナー様にとって大切だったのです。給水栓が温水と冷水の2つ付いていたのはガス湯沸かし器が付けられない不便さを解消するためですが、割安な深夜電力を使うため、一度タンクのお湯を使いきってしまうと、翌朝までお湯が出ませんでした。
夜になると、学生さんからよくこんな電話がかかってきたものです。「お湯が出ません!壊れました」。そこで「今、お部屋に何人いるの?」と聞くと、「友人数人とシャワーを交代で浴びたら、途中から水になっちゃった」とのこと。一人暮らし用のタンク容量なので、そんなに使ったら最後は水になっちゃいます。「お湯ができる朝まで我慢してね」と答えていた私たち。
キッチンに標準で付いていたのは、今は懐かしき渦巻きコイル型電気コンロでした。火力が弱くてねぇ。2年目の更新時期にガスコンロ付きのお部屋に引っ越す学生さんがけっこういました。
ガスコンロ物件
貸間から移り変わる時期のワンルームには木造の建物も珍しくありませんでした。オール電化だって全部がそうだったわけじゃないんです。こちらのお部屋は、換気扇が付いているのでお分かりのとおりガス台が置けるようになっています。ガスコンロが使えるお部屋って今でも人気が高いんですよ。ガスをご指名の学生さんにお聞きすると、OBや上級生から「調理するならガスが便利」と代々口コミで言い伝えられているそうです。
塗り壁に畳敷きは、この時期の家族向け2DKとよく似た造りです。天井から下がったヒモは照明のスイッチ。これを延長して、布団で寝ながら電気を消せるようにするのが流行っていました。
洗濯機置き場
貸間の雰囲気が残ったワンルームマンションには、洗濯機置き場が室内にありませんでした。廊下やベランダにコンセントと水栓が設置され、そこに各自が洗濯機を置いていたのです。その頃は家族向けの物件でも洗濯機は外置きでしたから、ごく普通のことだったのでしょう。洗濯する時は隣室の子と顔を合わせることもあったでしょう。まだ、まわりと接触する機会が残っていたんですね。
居室内や廊下に洗濯機を置くスペースがない建物では、大家さんが共同洗濯機を置くケースもありました。写真は屋上に設置された洗濯機と乾燥機。わざわざ1室をつぶして入居者専用コインランドリーに模様替えした物件さえあります。
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水道代が戸割りのお部屋が多かった時代です。メーターは建物に1つだけ。個別で均等に割って、大家さんがまとめて払っていました。1回の徴収がおおよそ1,000円前後でしたか。その頃の学生さんたちは基本料金にも達しないくらいしか水道を使わなかったんです。
その後、悪夢のようなコマーシャルが(笑)。朝シャンブームの到来とともに、みるみる上がる水道メーター。費用負担に大家さんが堪えきれず個別メーターが普及したのもこの頃です。
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「一人暮らし向け物件の移り変わり」(全4話)
その1「貸間と下宿の時代」
その2「ワンルームマンション登場」(当記事)
その3「設備の充実と個の時代」
その4「最近のワンルームマンション」
一人暮らし向け物件の移り変わり(その2)
昭和50年代後半には、八王子にもワンルームマンションが建ちはじめるようになります。といっても、投資用として始まった23区内と違い、賃貸経営用としてでした。中央大、東京工科大、創価大、戸板短大、造形大、多摩美術大などに続き、何校も八王子に移転しつつあり、学生さんの数が増えてきました。また、工業団地に進出してくる企業の従業員向けにも独身者向け賃貸物件はいくらあっても足りないほどでした。
団塊世代ジュニアの大学進学時期と、八王子繊維業界が変節時期にあった背景から、賃貸経営を目指すオーナー様が一気に増え、三角屋根の機織り工場が次々にワンルームマンションへと姿を変えていきました。
ワンルーム普及期
初期に建った八王子のワンルームマンションは、ほとんどがALC造(鉄骨軽量発泡コンクリート)でした。広さは16〜17m2ほど。キッチン、バス、トイレが標準で室内に設置され、今のワンルームの体裁が整ってきました。
女子寮として建てられた物件では居室の広さが4畳半、その他の一般的な物件は6畳ほど。お家賃は居室が6畳のワンルームで3万5,000円前後と、貸間に比べてお風呂がある分だけ高額になっていました。貸間にはなかったお風呂が設置されたのは、新しく建てられたワンルームの周辺に銭湯がなかったからでもあります。そのためこうした地域では、ユニットバスを設置せざるを得ませんでした。バス付き物件が増えると、それはすぐ常識化していきます。
「畳」と書いたのには理由があります。写真は当時の代表的なお部屋。ご覧の通り畳敷きです。まだまだ布団で寝起きする学生さんが多かったのでしょう。建物外観は今と変わりませんが、居室は和室だったんです。襖(ふすま)表の収納が押入れの名残りを感じさせます。1間幅の天袋も健在です。
オール電化
今ならごく普通に付いている設備もまだまだ普及していません。ベランダがなく窓に手すりが付いているだけだったり、ドアチャイムやインターホンがなかったり、ドアをノックするのは一般のご家庭でも当たり前の時代だったからでしょうね。
最初の頃のワンルームは、ほぼすべてがオール電化。火災の心配がなくガス配管もいらないメリットはオーナー様にとって大切だったのです。給水栓が温水と冷水の2つ付いていたのはガス湯沸かし器が付けられない不便さを解消するためですが、割安な深夜電力を使うため、一度タンクのお湯を使いきってしまうと、翌朝までお湯が出ませんでした。
夜になると、学生さんからよくこんな電話がかかってきたものです。「お湯が出ません!壊れました」。そこで「今、お部屋に何人いるの?」と聞くと、「友人数人とシャワーを交代で浴びたら、途中から水になっちゃった」とのこと。一人暮らし用のタンク容量なので、そんなに使ったら最後は水になっちゃいます。「お湯ができる朝まで我慢してね」と答えていた私たち。
キッチンに標準で付いていたのは、今は懐かしき渦巻きコイル型電気コンロでした。火力が弱くてねぇ。2年目の更新時期にガスコンロ付きのお部屋に引っ越す学生さんがけっこういました。
ガスコンロ物件
貸間から移り変わる時期のワンルームには木造の建物も珍しくありませんでした。オール電化だって全部がそうだったわけじゃないんです。こちらのお部屋は、換気扇が付いているのでお分かりのとおりガス台が置けるようになっています。ガスコンロが使えるお部屋って今でも人気が高いんですよ。ガスをご指名の学生さんにお聞きすると、OBや上級生から「調理するならガスが便利」と代々口コミで言い伝えられているそうです。
塗り壁に畳敷きは、この時期の家族向け2DKとよく似た造りです。天井から下がったヒモは照明のスイッチ。これを延長して、布団で寝ながら電気を消せるようにするのが流行っていました。
洗濯機置き場
貸間の雰囲気が残ったワンルームマンションには、洗濯機置き場が室内にありませんでした。廊下やベランダにコンセントと水栓が設置され、そこに各自が洗濯機を置いていたのです。その頃は家族向けの物件でも洗濯機は外置きでしたから、ごく普通のことだったのでしょう。洗濯する時は隣室の子と顔を合わせることもあったでしょう。まだ、まわりと接触する機会が残っていたんですね。
居室内や廊下に洗濯機を置くスペースがない建物では、大家さんが共同洗濯機を置くケースもありました。写真は屋上に設置された洗濯機と乾燥機。わざわざ1室をつぶして入居者専用コインランドリーに模様替えした物件さえあります。
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水道代が戸割りのお部屋が多かった時代です。メーターは建物に1つだけ。個別で均等に割って、大家さんがまとめて払っていました。1回の徴収がおおよそ1,000円前後でしたか。その頃の学生さんたちは基本料金にも達しないくらいしか水道を使わなかったんです。
その後、悪夢のようなコマーシャルが(笑)。朝シャンブームの到来とともに、みるみる上がる水道メーター。費用負担に大家さんが堪えきれず個別メーターが普及したのもこの頃です。
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「一人暮らし向け物件の移り変わり」(全4話)
その1「貸間と下宿の時代」
その2「ワンルームマンション登場」(当記事)
その3「設備の充実と個の時代」
その4「最近のワンルームマンション」
by u-t-r
| 2009-11-17 17:14
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