賃貸管理日記/貸間と下宿
2009年 10月 06日
貸間と下宿の時代
一人暮らし向け物件の移り変わり(その1)
今でこそ学生さん向けのお部屋といえばワンルームマンションですが、一昔前の八王子ではトイレや流し(キッチン)が共同の物件も珍しくありませんでした。お風呂付きなんて贅沢!贅沢!夕方の街角を洗面器片手の学生さんが下駄履きでカランカランと銭湯通いしていたものです。そんな今は懐かしき昭和50年代から平成まで、一人暮らし向け物件の移り変わりを調べてみました。ちなみに記事中にご紹介する写真は全部現役のお部屋です。
ワンルーム登場以前
一番最初のワンルームマンションが建てられたのは昭和51年(1976年)東京都内でした。1室平均15〜16m2と狭いものの、バス・トイレ・キッチンが付いた新しいタイプの「ワンルーム」のマンションが発売されます。当時は賃貸経営というよりむしろ節税対策として注目された利殖商品でした。盛んに建築されたのは主に23区内で、八王子にワンルームマンションがやってくるのはずいぶん後になります。
貸間と下宿
その頃の八王子はどうだったのでしょう?学生さん向け物件で多かったのは「貸間」と「間借り」。「貸間」とは4畳半や6畳の和室に流しがついたお部屋。「間借り」は大家さんの家の1室を借りるスタイル、流しすら付いてない和室です。両方ともトイレは共同、小学校よろしく蛇口がずらっと並んだ長い流しを共同で使う所もありました。
写真は当時の平均的なお部屋。床はリフォームされてフローリングになっていますが、昭和の頃は畳敷きでした。お家賃は6畳間でトイレ共同だと1万円くらい、トイレ付きだと1万5,000円ほどでしたか…。ご覧の通り木造の和室です。隣の部屋で麻雀が始まると、騒音が筒抜けです。「明日テストなんで少し静かにしてくれよ」「おう!悪い!悪い!」と言いあえるのも、洗濯室やトイレが共同でお互い顔なじみの強さです。
今、八王子で学生生活を送っている子たちの、ちょうどお父さん、お母さんの世代が過ごした部屋もこんな感じだったのでしょう。
キッチンには流し、横には2口ガスコンロを置けるようになっていました。2口は必要ないと、1口ガスコンロを置く子が多かったようです。ガス台の上に換気扇は付いているものの、煮炊きする時は窓を開けてしまった方が早い。かくして、夕暮れ時には廊下のあちこちで良い匂いがたちこめます。「よお!今日はカレーか?」「あぁ。後で来いよ。一緒に食おうぜ」。
5月病なんてトンと無縁です。なにせ入居したとたん、すぐ友だちができてしまいますから。引っ越したその晩、ドアをノックする音が。「こんばんは!隣の部屋の○○大の××です。みんなで集まってるから君も来ない?」なんてね。夜になるとお酒を持ち寄って大学院生の部屋に集まって会話を楽しむ。また、ある晩は「お〜い俺だ!」。オレオレ詐欺じゃありません。「同期からお前が同じアパートだって聞いてさ」。高校時代の同級生でした。縦に横にと自然に人間関係が広がっていきます。合宿に似た感じといえばピンと来るでしょうかしら。
これに食事が付くと、賄い(まかない)付きの「下宿」になります。大家さんのおばあちゃんやお母さんが家族の分と一緒に食事を作ってくれました。「うちの子、料理ができないから食事を出してくださるお部屋を」と指定する親御さんが多かった記憶があります。昭和56年頃までの子安町には、こうした下宿が数多くありました。当時の記録を調べてみると、4畳半の下宿が2万1,000円、食事付きだと+2万9,000円=5万円ほどでした。定食屋さんで1日2回食べるよりグッと安かったはずです。そういえば、学生さんが多い街には定食屋さんもいっぱいありましたっけ。
下宿には○○荘のような物件名はなく、大家さんのお名前で登録していました。ですから郵便物も「○○樣方」で届きます。下宿の探し方は今とずいぶん違っていました。私どものような不動産会社を通さないで、学生課から直接下宿を斡旋をしてもらうケースがほとんど。職員が大家さんに電話をかけると、ご本人がクルマで迎えに来てくれます。そのまま学生さんを乗せて下宿へお連れするわけです。だって、初めて来た街・八王子。住所を教えられても右も左も分かりません。案内する道すがら、これから毎日通う駅までの道も教えてくれました。賃料を稼ぐというより「他所様の大切なお子さんをお預かりする」意識の方が強かったことでしょう。
居室
室内には襖(ふすま)が付いた1間幅の押入れ、ドラえもんが寝起きするあれですね。押入れは上下2段、上の段には布団を、下段は色々な荷物の収納スペースです。押入れの上部は天袋になっていて、季節ものの服など普段使わないものをしまっておきました。布団で寝起きするのが当たり前だったので、今より収納容積は比較的大きめですね。これに勉強机と本棚、コタツに石油ストーブを揃えると、昭和時代の学生さんの部屋の完成です。畳1枚の下にビール箱を並べて作る「畳ベッド」が学生さんたちの間に流行ったのもこの頃。
洗濯室
コインランドリー普及前ゆえ、洗濯は自分でしなければなりませんでした。学生さん向けの貸間には、どこも共同の洗濯機があったものです。水道代や電気代は大家さんが負担してくれていました。写真の小さな小屋は何だと思いますか?
共同の洗濯室兼シャワー室なんです。大家さんが学生さんのために建ててくれました。各自の洗剤が棚に行儀よく並んでいます。共同風呂がある貸間では、入浴札を隣の部屋に回して順番を譲り合う、掃除は当番制にしている事が多かったようですね。
共同トイレ
トイレも共同です。一人一人が気をつけないと全員に迷惑をかけてしまうので、大家さんもことの他うるさくしつけていました。写真のトイレもきれいでしょ?トイレットペーパーは部屋から自分で持っていったものです。廊下ですれ違う時になんだかバツが悪くてねぇ。すぐに慣れるんですけど。
青春の日々
こちらの物件は今でもバリバリの現役です。上に書いたような日々が今も毎日繰り返されています。ご両親が過ごした時代と同じ空間で、当時そのままの青春を味わっている若者たち。とてもうらやましく思いました。卒業して社会人になってから、懐かしさのあまり戻ってきた子までいるそうですよ。
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大家さんのことをお父さん・お母さんと呼んでいた時代。いつか賄いをする人もいなくなり、プライベートへの干渉を嫌う学生さんが増えて、こうした下宿や貸間は昭和60年〜平成にかけて、そのほとんどが消えていきました。卒業してからも折りにふれ顔を出しに来る子、結婚式に大家さんを呼んだ子、就職後も住み続け、お嫁さんができて下宿から出ていった子、色々なエピソードがありました。どこか三丁目の夕日にも似たやさしい記憶がよみがえります。
写真は共同シャワー室に掛けられていた注意書きです。呼びかけが「入居者の皆さん」ではなく「諸君」。大学生になったら一人前の大人として扱われていた時代を思い出します。
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「一人暮らし向け物件の移り変わり」(全4話)
その1「貸間と下宿の時代」(当記事)
その2「ワンルームマンション登場」
その3「設備の充実と個の時代」
その4「最近のワンルームマンション」
一人暮らし向け物件の移り変わり(その1)
今でこそ学生さん向けのお部屋といえばワンルームマンションですが、一昔前の八王子ではトイレや流し(キッチン)が共同の物件も珍しくありませんでした。お風呂付きなんて贅沢!贅沢!夕方の街角を洗面器片手の学生さんが下駄履きでカランカランと銭湯通いしていたものです。そんな今は懐かしき昭和50年代から平成まで、一人暮らし向け物件の移り変わりを調べてみました。ちなみに記事中にご紹介する写真は全部現役のお部屋です。
ワンルーム登場以前
一番最初のワンルームマンションが建てられたのは昭和51年(1976年)東京都内でした。1室平均15〜16m2と狭いものの、バス・トイレ・キッチンが付いた新しいタイプの「ワンルーム」のマンションが発売されます。当時は賃貸経営というよりむしろ節税対策として注目された利殖商品でした。盛んに建築されたのは主に23区内で、八王子にワンルームマンションがやってくるのはずいぶん後になります。
貸間と下宿
その頃の八王子はどうだったのでしょう?学生さん向け物件で多かったのは「貸間」と「間借り」。「貸間」とは4畳半や6畳の和室に流しがついたお部屋。「間借り」は大家さんの家の1室を借りるスタイル、流しすら付いてない和室です。両方ともトイレは共同、小学校よろしく蛇口がずらっと並んだ長い流しを共同で使う所もありました。
写真は当時の平均的なお部屋。床はリフォームされてフローリングになっていますが、昭和の頃は畳敷きでした。お家賃は6畳間でトイレ共同だと1万円くらい、トイレ付きだと1万5,000円ほどでしたか…。ご覧の通り木造の和室です。隣の部屋で麻雀が始まると、騒音が筒抜けです。「明日テストなんで少し静かにしてくれよ」「おう!悪い!悪い!」と言いあえるのも、洗濯室やトイレが共同でお互い顔なじみの強さです。
今、八王子で学生生活を送っている子たちの、ちょうどお父さん、お母さんの世代が過ごした部屋もこんな感じだったのでしょう。
キッチンには流し、横には2口ガスコンロを置けるようになっていました。2口は必要ないと、1口ガスコンロを置く子が多かったようです。ガス台の上に換気扇は付いているものの、煮炊きする時は窓を開けてしまった方が早い。かくして、夕暮れ時には廊下のあちこちで良い匂いがたちこめます。「よお!今日はカレーか?」「あぁ。後で来いよ。一緒に食おうぜ」。
5月病なんてトンと無縁です。なにせ入居したとたん、すぐ友だちができてしまいますから。引っ越したその晩、ドアをノックする音が。「こんばんは!隣の部屋の○○大の××です。みんなで集まってるから君も来ない?」なんてね。夜になるとお酒を持ち寄って大学院生の部屋に集まって会話を楽しむ。また、ある晩は「お〜い俺だ!」。オレオレ詐欺じゃありません。「同期からお前が同じアパートだって聞いてさ」。高校時代の同級生でした。縦に横にと自然に人間関係が広がっていきます。合宿に似た感じといえばピンと来るでしょうかしら。
これに食事が付くと、賄い(まかない)付きの「下宿」になります。大家さんのおばあちゃんやお母さんが家族の分と一緒に食事を作ってくれました。「うちの子、料理ができないから食事を出してくださるお部屋を」と指定する親御さんが多かった記憶があります。昭和56年頃までの子安町には、こうした下宿が数多くありました。当時の記録を調べてみると、4畳半の下宿が2万1,000円、食事付きだと+2万9,000円=5万円ほどでした。定食屋さんで1日2回食べるよりグッと安かったはずです。そういえば、学生さんが多い街には定食屋さんもいっぱいありましたっけ。
下宿には○○荘のような物件名はなく、大家さんのお名前で登録していました。ですから郵便物も「○○樣方」で届きます。下宿の探し方は今とずいぶん違っていました。私どものような不動産会社を通さないで、学生課から直接下宿を斡旋をしてもらうケースがほとんど。職員が大家さんに電話をかけると、ご本人がクルマで迎えに来てくれます。そのまま学生さんを乗せて下宿へお連れするわけです。だって、初めて来た街・八王子。住所を教えられても右も左も分かりません。案内する道すがら、これから毎日通う駅までの道も教えてくれました。賃料を稼ぐというより「他所様の大切なお子さんをお預かりする」意識の方が強かったことでしょう。
居室
室内には襖(ふすま)が付いた1間幅の押入れ、ドラえもんが寝起きするあれですね。押入れは上下2段、上の段には布団を、下段は色々な荷物の収納スペースです。押入れの上部は天袋になっていて、季節ものの服など普段使わないものをしまっておきました。布団で寝起きするのが当たり前だったので、今より収納容積は比較的大きめですね。これに勉強机と本棚、コタツに石油ストーブを揃えると、昭和時代の学生さんの部屋の完成です。畳1枚の下にビール箱を並べて作る「畳ベッド」が学生さんたちの間に流行ったのもこの頃。
洗濯室
コインランドリー普及前ゆえ、洗濯は自分でしなければなりませんでした。学生さん向けの貸間には、どこも共同の洗濯機があったものです。水道代や電気代は大家さんが負担してくれていました。写真の小さな小屋は何だと思いますか?
共同の洗濯室兼シャワー室なんです。大家さんが学生さんのために建ててくれました。各自の洗剤が棚に行儀よく並んでいます。共同風呂がある貸間では、入浴札を隣の部屋に回して順番を譲り合う、掃除は当番制にしている事が多かったようですね。
共同トイレ
トイレも共同です。一人一人が気をつけないと全員に迷惑をかけてしまうので、大家さんもことの他うるさくしつけていました。写真のトイレもきれいでしょ?トイレットペーパーは部屋から自分で持っていったものです。廊下ですれ違う時になんだかバツが悪くてねぇ。すぐに慣れるんですけど。
青春の日々
こちらの物件は今でもバリバリの現役です。上に書いたような日々が今も毎日繰り返されています。ご両親が過ごした時代と同じ空間で、当時そのままの青春を味わっている若者たち。とてもうらやましく思いました。卒業して社会人になってから、懐かしさのあまり戻ってきた子までいるそうですよ。
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大家さんのことをお父さん・お母さんと呼んでいた時代。いつか賄いをする人もいなくなり、プライベートへの干渉を嫌う学生さんが増えて、こうした下宿や貸間は昭和60年〜平成にかけて、そのほとんどが消えていきました。卒業してからも折りにふれ顔を出しに来る子、結婚式に大家さんを呼んだ子、就職後も住み続け、お嫁さんができて下宿から出ていった子、色々なエピソードがありました。どこか三丁目の夕日にも似たやさしい記憶がよみがえります。
写真は共同シャワー室に掛けられていた注意書きです。呼びかけが「入居者の皆さん」ではなく「諸君」。大学生になったら一人前の大人として扱われていた時代を思い出します。
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「一人暮らし向け物件の移り変わり」(全4話)
その1「貸間と下宿の時代」(当記事)
その2「ワンルームマンション登場」
その3「設備の充実と個の時代」
その4「最近のワンルームマンション」
by u-t-r
| 2009-10-06 16:40
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